第2回おみそ汁すぺしゃる〜お題の具〜「リボン・お弁当」
題名:見上げれば秋
作者:伊月めい


 今回は、俺の話ではなく、一人の哀れな女性の話をしようと思う。

 それは、秋もいよいよ半ばを過ぎ、昼と言えども公園で飯を食べるのには、ちょっと風を冷たく感じ始める時季だった。
 そろそろ学食で食べないと寒い季節だなと、ベンチの隣に座る加奈と、たわいもない事を話しながら一緒に昼食を取っていると、公園に駆け込んで来る人影が見えた。
「あ、螢子だ」
 駆け込んで来るなり、公園の入口で人を捜すように辺りを見渡している螢子ちゃんに向かって、加奈は軽く手を振った。
 そんな加奈に気が付くと、彼女は俺達の方へと早足で近寄ってきた。
「はぁ…。見つけた」
 そして、そう疲れ果てた言葉を吐きながら、加奈の隣に腰掛けた。
「螢子ちゃん、どうしたんだ?」
「なんか、顔色悪いわよ」
 俺と加奈が交互に尋ねると、螢子ちゃんはうなだれるようにして言った。
「ごめんね、俊樹くん。折角の昼にお邪魔しちゃって。実は追われていて…」
 そう言い掛けた彼女は、何かに気が付いたのか、慌ててベンチの後ろに身を隠すように移動する。
「あ、なるほど」
 俺は公園の入口に新しく現れた人影を見て納得した。
「大変ねぇ…螢子も」
 加奈も同情しながらそう言った。
「口元が笑ってるぞ、加奈」
「俊樹だって」
 まぁ、俺達二人とも、他人事だからな。
「二人とも、非道いよ…」
 ベンチの後ろから抗議の声が上がったが、無視することにした。
「あー。螢子先輩、見つけたーっ」
 そんなやり取りをしている間に、螢子ちゃんを追って来た刺客は、ベンチの下から覗く彼女の姿を見つけて、ものすごいスピードでこちらへと駆け寄って来た。

■■■

「いないのよ…。私は此処にはいないのよ…」
 此処ではない何処かを見つめた螢子ちゃんが、ぶつぶつと呟いている。
 しかし、理恵ちゃんが腕にしっかりと抱きついた状態では、そんな言葉は無駄な抵抗だと思うぞ。
「相変わらず、エネルギーが溢れまくってるな。理恵ちゃん」
 可哀想な螢子ちゃんはひとまず置いておいて、至福の笑顔を浮かべている理恵ちゃんに声を掛けた。
「それはもう。愛する人と一緒にいられれば、それだけで幸せ絶頂ですよー」
 理恵ちゃんは何の躊躇いもなく、そんな言葉を言ってのける。
 たとえ、加奈と二人きりになったとしても、俺には口に出して言えない言葉だ…。
 この理恵ちゃん、どうやら螢子ちゃんの追っかけらしく、学部が違うのに螢子ちゃんの受けている授業に潜入したり、朝昼夕と関係なく、どこからともなく現れるのだそうだ。
 端から見ていれば面白いから、俺は理恵ちゃんの事を応援しているのだが、当の螢子ちゃんはやっぱり嫌なのだと。
 その割に、ハッキリと断りの言葉を言えないところが、彼女の人の良さというか何というか…。
「で、今日は、一体どうしたの?」
 加奈が尋ねると、理恵ちゃんは待ってましたとばかりに、身を乗り出して話し始めた。
「聞いて下さいよぉ。もうすぐ秋も終わるんですよ。だから紅葉を見にハイキングへ行きましょうって誘ったら、螢子先輩いきなり逃げ出すんですよー」
「なんだ。それはあんまりじゃないのか、螢子ちゃん」
「だって…、理恵ちゃんの言う事だから、絶対裏があるよ…」
 余程、今までにも何か有ったのか、螢子ちゃんは疑い深い目で理恵ちゃんを見ている。
「非道いですっ。空気の綺麗な山の中で、紅葉を眺めながら一緒にお弁当食べられたら嬉しいなぁ…という、ささやかなあたしの願いすらも、先輩は信じてくれないんですねっ…」
 滝のような涙を流しながら理恵ちゃんは言う。
「いいじゃない螢子、それくらいなら」
 それを見て加奈も、理恵ちゃんの味方に付いてしまったようだ。
「所で、山で弁当食べた後はどうするんだ?」
 ただ山行くだけとは思えないので、試しに訊いたみた。
「えっと、近くに温泉があるから、螢子先輩のお背中を流して上げるんです…って、あ、コレは秘密だったのにぃ〜」
 失言らしい。
「ほら、やっぱり変なこと企んでいるじゃない」
 呆れ果てて、螢子ちゃんは言う。
「うー。冗談ですぅ。温泉は無しでいいですから、一緒にハイキング行きましょうよぉ」
 すりすりと彼女に身を寄せながら、理恵ちゃんはせがむ。
 螢子ちゃんは、こめかみを押さえ我慢しているようだ。
「ねぇ、螢子せんぱーい。一生のお願いですぅ」
「いいじゃないか、ハイキングくらい」
「減るもんじゃないわよー」
 からかい半分に言いながら、俺と加奈は見守る。
「……はぁ。仕方ないわね」
 そしてついに、螢子ちゃんは諦めたらしい。
「ただし、加奈と俊樹くんも一緒に行くというのと、温泉は無しよ! そうじゃなければ、行かない」
「え? 私達も行くの?」
「いいじゃない。私を助けると思って、お願い」
 突然巻き込まれてしまった加奈に向かって、螢子ちゃんは言う。
「なんで私達まで巻き込むのよぉ。もぉー」
 仕方ないなぁと加奈は溜め息を付く。
「それでどう?」
 螢子ちゃんは、理恵ちゃんに向かって訊ねる。
「いいですよ」
 もっと駄々をこねるのかと思ったが、意外にもあっさりと理恵ちゃんは承諾した。
「あ…いいの?」
 無理を言って諦めさせるつもりだったのか、螢子ちゃんは相手の予想外の反応に驚いているようだ。
 その螢子ちゃんに向かって、理恵ちゃんはハッキリと言った。
「だって、これって『ダブルデート』ですよねっ」
「………」
 唖然とする螢子ちゃん。
 こうして、俺達の秋のハイキング計画が決定したのであった。

■■■

 ずるずるずるずる…
「おーい、置いてくぞー」
「なにやってるのよー」
 俺と加奈は振り返ると、山道を遅れてノロノロと、謎の音を響かせながら歩く螢子ちゃん達を急き立てた。
 ずるずるずるずる…
「コレに言ってよ…」
 螢子ちゃんは、腕にしがみついて歩いているのか引きずられているのか分からない状態の理恵ちゃんを指さして言う。
「コレ…って、螢子先輩冷たいですぅ」
 ぐいぐいと引っ張る。
「だから、自分で歩きなさいよ。もう…」
 理恵ちゃんを振り解くと、螢子ちゃんは早足で逃げるように先へ進んだ。
「あっ、待ってくださいよー」
 そう叫びながら、理恵ちゃんも駆け足で後を追う。
「まったく、紅葉を見るんじゃなかったのか?」
 俺達の横を駆け抜けていく二人を見送りながら、隣を歩く加奈に言った。
「そうよね。こんなに綺麗な紅葉なのにね」
「今度、俺達だけで、山奥の温泉にでも行くか?」
「あ、いいかもねー。とすると、紅葉の見える露天風呂よね。やっぱり」
 初めは面倒がっていた加奈だったが、結構ハイキングを楽しんでいるようだ。

■■■

 周りの風景を楽しみながら一時間程で、見晴らしの良い高台に到着した。
 夏とは異なる澄んだ青さを見せる空の色と、山頂から綺麗に紅色に彩られた木々が、普段通っている大学の近くの公園とはひと味違った秋らしさを見せている。
 追いかけ、追いかけられながら、一足先に到着していた理恵ちゃんと螢子ちゃんは、もう場所を確保してビニールシートを敷き始めていた。
「こっちよ」
 螢子ちゃんに手招きされ、俺と加奈もリュックからシートを取り出して昼食の準備をする。
 そしてそれぞれの弁当──と言っても、俺のは加奈が作ってくれたから持ってないのだが──を真ん中に置いて、囲むように座った。
「はい、俊樹。お弁当よ」
 加奈はやけに所帯じみた唐草模様の風呂敷に包まれた弁当を俺に差し出す。
「待ってました!」
 朝早く、俺が起きるよりも前から作っていたその弁当を受け取って、俺は蓋を開ける。
 ばばーん。
 という効果音は聞こえてこないが、そつなく非常にまとまりのある中身だ。
 プチトマトと卵焼きで彩りを添えるあたりが手慣れている感じだ。
 ………うや?
「ちょっと待てぇ!」
 俺は、弁当の中の一品を指さして、加奈に言った。
「これは、昨日の夜の煮物ではないのか?」
「そうよ」
「そうよ…って、そんなあっさりと、お前」
「えー、だって、これもそれも昨日の残りだし、あ、こっちは、冷蔵庫の中のだし。賞味期限すぐだったから使ったよ」
 そう言って、一つずつ解説する加奈。
 言われてみれば、どれもこれもどこかで見たようなモノばかりだ。
「なんだよー。まるで残飯整理じゃないか」
「あっ、ひっどーい。生活の知恵って言ってよね。大体、俊樹の冷蔵庫に、ろくな食材揃ってないからよ」
「ぐ…冷蔵庫のことは、加奈任せにしているじゃんよ…」
 ま、弁当を作って貰っておいて、文句言うのは筋違いだが。
 しかしまあ、判ってみれば、なんと色気のない弁当だ。
「いいなー。なんか愛情一杯って感じで、羨ましいですー」
 だがしかし、理恵ちゃんはそんな加奈作の弁当を見てそう言った。
「そうか?」
「な、何言うのよ。こんなのただ単に、あり合わせよ」
 直球で誉められた為か、加奈は照れているようだ。
「でもでも、あたしも加奈先輩に負けないくらいに、愛情込めて螢子先輩にお弁当作ってきたんですよー」
「私、自分の弁当有るから」
 間髪入れずにそう言い切る螢子ちゃん。
「う…冷たいですぅ…」
 ほらみろ、理恵ちゃん、なんか涙目になっているぞ。
 そう言いながらも、理恵ちゃんは鞄から弁当を取り出…
「おいおい。何だよ、その…」
「わ、まるでクリスマスプレゼントみたい」
 理恵ちゃんの取り出したのは、クリスマスのツリーを飾るような、キラキラとしたリボンで装飾された、やけに豪華な袋だった。
「はい、先輩っ」
 それを螢子ちゃんに差し出す。
「なんなのよ、この包装は…」
 螢子ちゃんは自分の弁当を置くと、呆れながら理恵ちゃんからその豪華な袋を受け取った。
「それはもう、大切な先輩に渡すものだから、綺麗に包むのは当然じゃないですかー」
 まさに恋する乙女とでも言いたげな、真っ直ぐな目をして理恵ちゃんは言う。
 だけど、弁当で大切なのは中身だと思うぞ。
「はいはい…」
 螢子ちゃんは投げやりにそう言うと、受け取った弁当を開けた。
「お、見た目は綺麗じゃないか」
 可もなく不可もなく。とてもまともなラインナップだ。
「少しくらい食べて上げたら、螢子」
「はぁ、分かったわよ…」
 螢子ちゃんは仕方無しに、おかずを一つ箸で掴んで口に運ぶ。
「………」
「………」
「………」
 何故か三人で、螢子ちゃんの食べる姿をじっと見つめてしまう。
「……ぐ…」
「ぐ?」
 加奈が訊ねる。
「ぐぁっ…。なんか…とても個性的な味がするんだけど…」
 螢子ちゃんはうっすらと目に涙を浮かべながら言う。
「え〜っ」
 その反応に、理恵ちゃんは不満げである。
「一体、何を入れたのよ…」
 手で涙を拭いながら、螢子ちゃんは訊ねる。
「えーっと、愛情…かな。えへっ」
 真面目に言っているのか、理恵ちゃんの思考はいまいち良く解らない。
「とりあえず、要らない。喉通らないもの」
 冷たく言い放つと、螢子ちゃんは自分の弁当を食べ始めた。
「うぅー。そんな事言うのなら、螢子先輩のお弁当食べさせて下さいよー」
 そう言うと、理恵ちゃんは螢子ちゃんの弁当をひとつまみさせて貰う。
「パクっ…。あぅ…もの凄く美味しい…」
「え、どれどれ。私もーっと」
 それを訊いて、加奈も横から手を出して、螢子ちゃんの弁当に手をつける。
「ちょっと。もう、そんなにしなくても食べさせて上げるわよ」
 そう言うと、螢子ちゃんは弁当をみんなの前に置いた。
 俺達はそれぞれ好き勝手におかずに手を伸ばす。
「おっ、本当に美味いぞ」
「そういえば、螢子の料理を食べるのって初めてだけど、意外に美味しいじゃない。自宅通いのくせに、侮れないわね」
 それは偏見だと思うが、加奈はそう言う。
「はぁ…なんか自信なくしそうですぅ…」
 自分の作ってきた弁当の入った箱をクルクルと回しながら理恵ちゃんは言う。
「はあ…大丈夫よ。練習すれば、そんなのすぐに上手くなるわよ」
 どうも冷たくしきれないのか、螢子ちゃんはフォローをする。
 いつかきっと、引きずられて自滅するタイプだと思わないでもないな。
「えっ、本当っ!?」
 それを聞くと、理恵ちゃんは螢子ちゃんの手をがしっと握りしめた。
「ま、まあ、頑張ればね。大体、理恵ちゃんって一人暮らしでしょ? 自炊はどうしてるのよ…」
「ちゃんと…死なない程度に食べてますぅ…」
 思い切り、聞いて欲しくないところを突かれたのか、理恵ちゃんは目を逸らす。
「少しは作れるようにしないとダメよ。勉強するとか、教えて貰うとか…」
 そう螢子ちゃんが言うと、突然理恵ちゃんの目が変わった。
「えっ、じゃあ、螢子先輩、教えてくれるんですかっ! うわー。うれしいっ。螢子先輩が、あたしの為に料理教えてくれるなんて〜っ」
「は、はい? ちょっと…」
「嬉しいなぁ。螢子先輩に、手取り足取り料理を教えて貰えるなんてぇ〜」
 そして、どこをどう解釈したのか、理恵ちゃんは一人で勝手に盛り上がり始めてしまったようだ。
「ちょっと待ちなさいっ。いつ私が教えて上げるなんて…」
 螢子ちゃんはそう言うが、もはや理恵ちゃんは聞く耳を持たなかった。
「うれしいです〜。帰ったら、アパートの掃除しなくちゃ〜」
 背中から螢子ちゃんを抱きしめながら、理恵ちゃんははしゃぎ回る。
「ああ、もう、離れなさいってぇ〜」
 真っ赤に色づいた木々の間に、哀れな螢子ちゃんの叫び声が響き渡るのだった。


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あとがき
二回目の参加です。
どうやら、みるちゃんの企画には、このバカップルシリーズで行くことに自分の中で決定した感じです。
次回は料理番組か…と暗示させるような内容ですが、私は料理できないのでそんなのは無視されることでしょう。
それとも温泉なのか(笑)?
と、言うことで。

2000/10/26 00:12 伊月めい